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日光例弊使道

cafe Rossyの目の前を通る国道354は別名日光例幣使街道とも言われ、昔から人・物の移動には重要な街道です。

先日の上毛新聞(2月16日)にこの街道の事が掲載されており、改めて自分の身近に貴重な歴史的遺産がある事を認識し、また地元のことをまったく理解していない自分に恥ずかしさを覚えました。

そこで自分への懺悔の意味もこめて、上毛新聞に掲載された記事をお借りして、みなさんにご紹介したいと思います。

以下上毛新聞2月16日 22面より

 境宿(伊勢崎市)は幕末に日光例幣使道の正式な宿場となるまでは、柴宿(伊勢崎市)と木崎宿(太田市)の間にある「間の宿」だった。一方で、日光例幣使の通行が始まる2年前の1645年(正保2年)に六斎市が立ち、経済、文化の発展につながった。例幣使の荷物を運ぶ人馬を手配する問屋場1863年(文久3年)に設置され宿場となった。
 広瀬川右岸側の伊勢崎市下蓮町に「右赤城」と呼ばれる場所がある。例幣使は西から東に進むため、通常は赤城山を左側に見る「左赤城」だが、蛇行する川に沿って例幣使道も曲がり右赤城となった。
 広瀬川の武士橋を渡ると境宿の入り口。境萩原の交差点近くに、31年前に取り壊された織間本陣跡の石碑が立つ。俳人の小林一茶が1791年(寛政3年)4月12日、江戸から信州に帰郷する途中、俳人として知られた織間本陣の主人を訪ねたが留守で会えずに詠んだ句「時鳥我身(ほととぎすわがみ)ばかりに降る雨か」が刻まれている。
 例幣使の通る時期だったためか本陣で相手にされず、折りしも雨が降ってきて、「竹石(たけいし)の渡し」(現武士橋)付近で詠んだという。
s-DSC03376.jpg

 かつて境宿として栄えた国道354号沿いは、今も短冊形に敷地取りされ、明治時代に建てられた古い土蔵造りの町家や、大正時代の近代的なデザインの店が軒を連ねている。伊勢崎街並み研究会代表で建築士の栗原昭矩さんは「明治・大正期の建物にも江戸時代から続く技術が生かされ、宿場の面影を今に伝えている」と、地域資産としての価値を強調する。


写真まで新聞から頂いてすいません。。。

境の町は古い商店街で寂れた感が否めないですが、じっくりと眺めてみると宿場の面影を垣間見える建物が軒を並べているのです。地元に住んでいるとその存在価値を見落としがちですが、地元の人間が我が町に誇りを持ってしっかりPRし後世に伝え残していかなければ。と思った記事でした。

境町には名所・史跡がそれなりに点在しております。『上毛かるた』ならぬ『境町かるた』で再度勉強しなくては。。。

境町かるたの「う」が分かる人いますか?  ←超ローカルネタ(笑)

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No title

堺町かるた???不思議なものがあるものですね!
「う」だね・・・「うまいコーヒーカフェロッシー」
ってとこかなぁ~

もちろん(笑)うちにもあります(*^▽^*)
でもやっぱり上毛かるただよね♪

Re: タイトルなし

かおぱんさん

やはりありましたか。

上毛かるたに行く前に、地元を極めなくては!!と思う今日この頃です。。。

Re: No title

鹿児島温泉さん

境町かるた激アツですよ!!


『う』・・・「馬に蹴られた甘酒ばあさん」です。

意味はまったく知りません。。。

勉強しなくては。。。
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伊勢崎市境女塚、CAFE ROSSY(カフェ ロッシー)のオーナーです。少しずつですがお店のご紹介や日々の出来事などを書いていこうと思います。
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